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あるところに貧しい少年がおりました。
母は既に他界し、父はギャンブルと酒に明け暮れてて、少年は今日食べるパンもままなりません。
空腹に耐えかねた少年は、とあるパン屋で食パンを一切れだけ盗んでしまいました。
「こらー! どろぼー!」
パン屋のおじさんは太っていて、足はそれ程早くありません。
ですが空腹でふらふらの少年がおじさんを捲ける筈もなく、あれよあれよと言うまに捕まってしまいました。
公衆の面前で羽交い絞めにされる少年、パン屋のおじさんから浴びせられる罵詈雑言の嵐、そして大衆の冷たい視線。
「この黒人野郎! お前みたいな腐ったブタが俺様の作ったパンをギろうだなんて百年早いわ! モノを盗んじゃいけないって、学校で習わなかったのか!?」
「学校もロクに行けてないんだろ」
「親は何やってんだろうな……可哀想に」
「盗人の割には、ドン亀みたいな足だったな」
少年は抑え付けられた体をじたばたさせるのが精一杯です。
どれもこれも少年にとってしてみれば屈辱以外の何ものでもありません、遂には頬に一筋の涙まで、流してしまいました。
そんな時でした。
「店主、私がそのパンを買おう。 だからその子に食べさせるのを許してあげられないか?」
体格のいい、如何にも高そうな服に身を包んだ青年がそう主張しました。
「あれはジョンソン上院議員じゃないか!?」
「本当だ、我が町の希望の星、ジョンソン上院議員だ!」
「キャーカッコイイ!」
「今度の選挙頑張ってくださいね?」
大衆の声援を背に、ジョンソン上院議員と呼ばれる青年は続けました。
「皆さん、聞いてください。 この少年は見たところ、貧しい家に生まれ育った子供のようだ。 きっと明日食べるパンもままならずやむなく盗みを働いてしまったに違いない。 私はこの少年に、今我が国がすべき事やるべき事を見た。 宣言しよう、私が次の選挙で通ったあかつきには、このような少年が一人も居なくなるような政策を掲げる。 ひいては憎むべき貧富の差が根絶するよう勤めよう!」
万雷の拍手に包まれる青年。 そしてその声援に応えながら、羽交い絞めの少年に手を差し伸べる青年。
そこに偶然立ち合わせた記者が叫びます。
「なんて美談だ! これで明日の朝刊の記事が決まった!」
青年のお陰で店主から解放され、家に帰った少年は、その夜再び涙で枕を濡らしました。
青年の心遣いに感涙したのではありません。 他にも屈辱的な事がありましたが、何より金持ちであろう青年に利用されてしまった事が、悔しかったのです。
今頃何処かで高価な食事でもしているのだろうか、こっちは未だ明日食べる物も見当付かないというのに。
もしかしたら明日の朝刊で大々的に自分が「貧乏な少年」として全国に名を馳せてしまうのかという不安もあります。
こんな事なら、いっそ適当に捕まって留置所でひっそり一晩くらい食事の面倒を見て貰った方が良かったと思う少年なのでした。