好奇心
好奇心に唆されて何かを試した経験なんて、人間であれば誰しもあるに違いない。
キラキラとネオンのように輝くカクテルに惑わされて、酒に弱いにも関わらずへべれけになるまで飲んでしまったり、居間に置き去りにされた父親の煙草に、未成年なのにも関わらずついつい手を出してしまったり。
命が進化を遂げられたのも好奇心に近しい意思が作用した上での事なのかもしれない、「あの大空の向こうに何があるだろう」という気持ちから原始生命は鳥に進化し、人間は飛行機を創ったのだ。
好奇心は無限の可能性を引き出す起爆剤だ、知らない場所に行ってみたりだとか、知らない事をやってみたりだとか、生まれた当初はあまりに無力な人間、いやそれ以外の生命体にとっても無くてはならない進化の基盤なのだと考える。
勿論、好奇心なんてものは全ての生命体がそれに似た感情を持ち合わせている筈なのだから、高尚なだけじゃない。
いたずらしたり、ちょっかい出したり、脅かしたりするのも好奇心が作用するから起こりうる事象なのだ、人が人を苛めたり傷つけたりする負の行為だって、元を辿れば好奇心に繋がっていくのかもしれない。
「面白そう」「やってみたい」そんな気持ちが膨れ上がって初めて行動を起こす、誰しもある事なのだから、私がやった事だって間違いじゃなかった筈だ。
だけれども、なんでこんなにも、今苦しいのだろう。
崖下から数十メートル、私は見知らぬタクシードライバーの死体の傍で横たわってる。
地面に衝突したショックで体は車外に投げ出され、更にその上にタクシー自身が乗り掛かっては下半身を完全に奪われてしまった。
朦朧とした意識の中では指一本さえ動かせず、痛いという感覚でさえ曖昧だ。
ただ確かだったのは、私はあともう少しで死ぬ――という悲惨な未来だけだった。
仕事が終わっての帰り道、私は遅くなったので偶然このタクシーを呼び止めた。
偶然私の家は郊外だったので偶然暗い山道を走り出した、そうしたら偶然、このタクシー運転手は怖がりだったのだ。
暗い暗い山道を進む中で徐々に青褪めるミラー越しの壮年の顔を目の当たりにすれば、いたずらの一つでもしたくなる、必然だった。
私は好奇心に侵されて、彼を脅かしてしまったのだ。
「うわぁーーーーーーーーーー!!!!」
運転不能になる程取り乱すとは思わなかった、まさかガードレールを突き破って、こんな場所で野垂れ死ぬ事になるとは思わなかった。
私は間違ってない、悪くない。 だけれども、後悔の念だけは命尽きるまで、無くならなかった。