「そろそろ、俺達潮時じゃないか……?」
三年程付き合って来た彼氏が、別れ話を切り出してきた。
引き攣ってて、ぎこちなくて、本当に申し訳無さそうな顔。
何時もの無愛想な様も、この時ばかりは消え失せていた。
「うん、そうだね」
「……」
「……荷物はさ、どうする? 結構な量キミの部屋に持ち込んじゃったけど」
「分けて、送り返すよ……」
「着払いで?」
「いや、それは俺が払うからさ」
「サンキュ、助かるよ。 今月金欠でさ」
私があまりに何時もどおりに喋るからだろう、その様に彼は随分と戸惑っているみたいだった。
彼は昔から、からかうと本当面白かった。
細かな仕草が、一々の反応が、私にとって本当可笑しくてしょうがなかった。
今日はそういう事が出来る、最後の日でもあったのだ。
「ん……じゃあさ、とりあえず…………なんか、お前の方からは、無い?」
「ないかな?」
「……そっか……。 じゃさ、ここの支払いは俺がしとくから」
「サンキュ、そーいう気前のいい所、大好きよ」
別れ話の際に、現在進行形で大好きなんて軽々しく口走る女が、果たして私以外に居るだろうか。
何時ものらしさが微塵もない彼と、極々普段通りの私。
その温度差も面白い、まるで自分がこのテーブル一角全ての空気を弄んでいるかのようで、ちょっとした権力者の気分だ。
尤も、こうなる事を知っていたから――こういう事が出来たってだけだけれど。
最後の別れ際、コーヒーショップを出た所で、何時もの帰り道と反対の方向に足を進める私。
さっさと歩き出してしまった私に、彼がちょっぴり焦り気味に「おい」と呼び掛けてくる。
でも、振り返ってはあげなかった。 振り返っちゃいけないと思った。
私は進む足を留めるだけにして、彼の最後の一言を聞く事にした。
「お前には未練だとか、寂しいとか、そういうの無いんだな……さよなら……」
この言葉と足音だけを残して去って行った彼、一体そこにどんな表情を浮かべていたのだろう。
最後の最後の表情、まじまじと見てやりたかった気持ちは充分にあった、だけどそれは出来なかった。
振り返って自分の表情を晒す事など、ひねくれ者の私が出来る筈も無かった。
今は帰り道、ちょっぴり滲んだ太陽をじっと見上げながら歩いていた。