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一つ前へ

第二章:色々吹いちゃいました


「ども、失礼します」
「そんなかしこまらなくてもダイジョウブだよ〜賢介」
「……」

 入店したゆみこのクローンが私達二人のテーブルに入り込む、軽くぺこっと私の方にお辞儀をしてからそれはもう威風堂々と。
 なんでこのイケメン、赤の他人の居るテーブルに何の躊躇も無く入り込めるんだろう、普通だったら怯え、苦しみ、もがき、わめき、あがいては逃げ出したくなるようなシチュエーションだろうに。
 畜生、これが人種の違いって奴なのだろうか、知らない人とのコミュニケーションに全く怯えないニュータイプの人間。 恥じらいとか慎み深さとか、そういう日本人らしい美徳を失ってしまった欧米被れのコウガンムティニスト。
 まあある意味非常識の塊のような女ゆみこの弟なだけはある、私はとりあえず出来うる限り視線を合わせないようにして会話を遮断し、この苦痛でしかない場を適当にやり過ごしては適当に切り上げて適当に鼻の穴でもほじくりながらさっさと家に帰って適当に原稿の続きを進めちまおうと心に決めた、のだが。

「漫画家さん、なんですよね?」
「ブホッ!」
「や〜汚いよさやか〜」

 「なるたけ無視!」を決め固めようとした束の間、いきなりあっちからコンタクトを取ってきやがった、口に含めたザクロサワーを全て噴き出してはげほげほ噎せ返る私。
 畜生、話し掛けられちゃったらやり過ごすも糞もないよ、いやそれでも無視するって手段もあるにはあるけど、以前も述べたようにそこまでのアバンギャル度を私は持ち合わせていない、小心者の私は手元にあったお手拭を口に当てては仕方なしにゆみこクローンの方をチラ見した。

「ははは……面白い人なんですね」

 何笑ってるんだこのガキ殺すぞ、何よりすっきり爽やかを限りなく意識したような如何にもイケメン的笑顔に虫唾が走る。
 まあ勿論、虫も殺せないか弱く可憐なオトメの私がそんな事を思っても実行に移すなんて出来る筈ないんですけれども、まあそれはいいとしてこのガキ一体どうしてくれようか、ううむ。

「そうだよ〜、さやかはとっても面白いの!」

 お前の脳内も限りなく面白い事になってるけどな、ととりあえず心の中でゆみこに八つ当たりしとく私。 テーブル上に広がったザクロサワーをお手拭で吸い取りながら二人のやり取りを傍観しつつ隙あらば礼儀知らずのこのガキになんか仕返ししてやろうと思った。
 それにしても……見れば見るほど二人はホント良く似てる、可哀想な頭の構造もそうなんだが外面も本当ウリ二つだ、くっきり二重できりっとした目尻、だけど互いにアホな雰囲気を身に纏ってるからだろうかてんでキツそうには見えず、鼻も小さく形良く、唇も控えめで輪郭もシャープだ、若干、ゆみこの方がトウが立ってるけれども。
 まあいくら顔立ちが良かろうが私にとってはそんなの関係ないんですけどね、私の好みのタイプは中日の井端だし。 寧ろモテ顔は男女共に死ねばいいとも思ってるし。
 ああそうだ、今の気持ちのままに「死ね」と口走れば多少自分の気も晴れるんじゃないだろうか、ああでも会話が既にさっきの話から遠ざかりつつある、「従兄弟の〇〇ちゃん大きくなったよね〜」なんてファミリーフルな話題の中でいきなり言っても訳解らないだろう、ていうかお前ら、私が喋らないのをいい事にお盆で久しぶりに会った親戚の話なんてしてんじゃねえよ死ね。

「あ、ところでさやかさん、でしたよね?」
「ブホッ!」
「や〜汚いよさやか〜」

 怒りに任せて刺身五点盛りセットのツマをひょいぱくひょいぱく食べてる所に再び訪れた突如のコンタクト、今度は床に広がるどころか鼻の穴まで刺身のツマに侵された。

「ふぁ、ふぁ、な、なに? なんですかぁ?」

 常に突然振ってくるこのクローン野郎の存在にいい加減腹を据えかねた私は、先程の誓いもかなぐり捨てて応戦してやろうじゃないかと思い立った。
 思い立ったはいいものの、鼻からツマを垂れ流しては瞬間とても情けない声で応えてしまったのだけれども。

「……く……くく……」
「ちょ……さやか、まずは『それ』どうにかしようよ……」

 うう畜生、折角応戦してやろうと思ったのに向こうは真っ赤な顔で俯いていては必死に笑いを堪えてやがる。
 っていうかゆみこまでちょっと口元歪んでやがる、お手拭挟んで鼻からはみ出たツマを取り除こうとしてくれてても、うすら笑いを浮かべながらやられちゃ屈辱以外の何物でもない。

「ほら……ちょっと上見て……取れないから……」
「くく…………っはは、あっはっはっは!! マジ面白いですねさやかさんって!」

 ああもうやだやだ、応戦しようと思っててもこんな小学生が鼻血を出しちゃって保健の先生辺りに促されて上向いているような体勢で何言い返した所で笑いにしか繋がらない。
 こういう時、それこそ私は腐っても少年漫画家なんだから、少年漫画らしく正々堂々熱血した形で敵と対峙出来ないものかと思うけれども、所詮自分はあくまでギャグ作家。 そういう星の下に生まれた自分の運命を呪った。

「よし、全部取れた。 さやか、首直していいよ」

 ミッションコンプリート、しかし未だ私の事を生暖かい視線で見詰めているクローン(弟)。
 もう何か言い返してやろうという気持ちも失せてしまい、お手拭に絡まったツマの本数を虚ろに数えるばかりの私。
 精神的には既にこのテーブルから数十キロ離れていた、いや寧ろ南国、小笠原諸島辺りに七泊八日の気ままな妄想一人旅をしているような状態だった、しかしそれでも、あのにっくきクローンのうんこ野郎は、私を容赦なく現実に引き戻してくれる。
 しかも今の私にとってあまりにも応え辛い、人間としての配慮に欠けすぎる問いで。

「あ、それでさやかさんは、何て漫画を描いてるんですか?」

 興味津々な問い、好奇に満ちた表情。 キラキラ瞳を輝かせては少年の面影を感じさせるあどけなさ、そういうのは大人になったらもう捨てろよと言ってやりたくなるが、自称漫画好きであればどうしても気になるであろう作品名。
 ブ〇ーチやナ〇ト、はたまたピーチボー〇リバー〇イドクラスの大作家であればそれこそ迷い無く自らの作品名を打ち明けるであろうが、私の漫画は打ち明かすどころか打ち切りを食らってしまった身分、何よりあからさまにライト読者っぽいこのボケナスクローンが私の作品を知っているとも、よしんば知っていたとしてその良さが解るとも思えない。 前提として良さを解る人間なんて日本人口の数十万人分の一くらいなのだが。
 隣の同じ顔も心無しニヤニヤしている、まるで私が恥を搔くのを心待ちにしてるかのようにも思えてしまう。 ファック。
 くそうこのガキそしてその姉、おまえら全員敵だ、もう友達ともその友達の弟とも思わない、そんな事を心に誓っては怯む心を奮い立たせ、死地に赴くかの如く背水の心意気を以って私は、力強く玉砕覚悟で厳し過ぎる現実に立ち向かおうといきり立った。

「ワ〇ピースって漫画です」

 けど、やっぱり撤退した。
 ザクロサワー、ツマに続いて、最終的にホラまで吹いた私であった。
 

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