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一つ前へ

 

さようならおねいさん


 ――今になって、私はなんてとんでもない事をしでかしてしまったのだろうと思う。
何の理解もしていない癖に一人前の保護者ぶって、思い返すだけで恥ずかしくそして腹立たしい。
頭の中でいくらあの子の為だなんて語ろうとも、神様以外の何物もそんな言葉耳にしてくれやしないのに。
あの子の幸福が、あの子の不幸が一体どんなものなのかさえ知ろうともしなかった私、保護者失格の烙印を押されても、仕方なかった事だと思う――。

『やだよう、おねいさんとさよならなんて、いやだよう』

 ちょっとおしゃまで悪戯好きだったけれど、大人しいあの子が初めて見せた激情だった。
臆面無く泣き叫ぶ様、ぱっちりした瞳からぷっくりした頬に掛けて、グロスを塗ったかのように全体がてらてら輝いていた。
ぺちゃっとした鼻からもそれは溢れ出て来て、私はそれを手元のティッシュで拭き取るのに精一杯だった。
幼い割に整った顔をくしゃくしゃにして真っ赤に茹で上げて訴えてくれなければ、そんな簡単な事にさえ気付けなかった自分が本当、腹立たしい。

 彼女にとっての最大の不幸、それは何より――捨てられること――だったのだと。

 私は危うくあの女と一緒になるところだった、この可愛らしいシルエットを見捨てた、あの女と。
私のせいで今は泣き疲れ眠ってしまっている、膝元のこの重みは、胸の贖罪の念より遥かに軽い。
ぽん、ぽんっと背中の辺りを摩っては、それに併せて何度でも「ごめんね」と呟きながら、私よりも暖かい体温を感じ取る。
この強い生命力が、曲がりなりにもこんな未熟な私を選んでくれたのだ、責任だとか能力もまた大事なのだろうけれど、それ以前に私はこの運命を全うするだけの覚悟が足りていなかったのだ。

 私にとってはもう、この膝元の重みは掛け替えのない存在だ。
 この子にとっても、現状では私だけがその愛着の対象になっているのだろう、ならばそれに全力で応えればいいだけなのだ。

 見捨てられる怖さは誰よりも解っていた筈なのに、見捨てられる恐怖は誰よりも知っていた筈なのに、聞いて呆れる。
 無責任な「おねいさん」の立場に甘え、何処か逃げ腰だった私にさようならを誓おう、先の事は解らないけれど、少なくともこの子が幸せでいられる限り――。


「――ん……?」
「起きちゃった?」
「ん……わたし、ねちゃってたの?」
「うん。 今、晩御飯の用意するね。 卵焼き作ろっか」
「……うん」


「……おねいさんおねいさん」
「ん?」


「おねいさんのおっぱい、いつもよりたゆんたゆんしてる〜!」

 

 〜 きょにゅうちゃんとようじょちゃん 第一部完 〜
 

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