まくらもとのおねいさん
今日、私は彼氏と別れた。
彼氏と言っても何処が好きだったのかさえ自分の中で定かではない、所謂腐れ縁の延長線上に位置していた彼氏と。
乱暴者で、助平で、威張り屋で、我侭で、なのに小心者で。
何処が好きだったのかは定かでないのに、嫌な部分はこんなふうに幾らでも捻り出せる、逆に言えばこれだけ嫌な部分を捻り出せるのは、それだけ長く連れ添ったからなのかもしれない。
思えば高校を卒業してからずっとの付き合いだった。
高校を卒業するまで決まった相手を作らなかった私にとって、初めての「彼氏」と言えた存在だった。
初めての彼氏、初めての異性の理解者。 幾度と無く喧嘩を交わす一方で、幾度と無く慰め合った。
その思い出を過ぎらせれば別れた今も胸が苦しくなる、終わるのは必然だったと頭で理解していても。
『結局の所お前は、俺より赤の他人のガキを取るんだな――』
別れ際の彼氏の台詞、すうすうと寝息を立てているあどけない顔を眺めながら思い返す。
そんなつもりはなかったのだけれど、結果的に人間二人を両天秤に掛けざるを得なかった私。
所詮腐れ縁で、嫌な部分もいっぱいあった、だけど能動的に別れようなどと思った事は、今まで一度も無かった。
ただ私はこのあどけない顔を、ももたろさんの絵本を今もぎゅっと抱きかかえているこの子を、見捨てられる筈が無いと考えただけなのだ。
「この子を、見捨てられる筈がない――」寝床でそんな事を自分に言い聞かせ、仕方なかったのだと胸の苦しみを抑え続ける私。
だけどそんな折、別れ際の彼の言葉を反芻する中でそのワンフレーズから、ある事を思い出してしまった。
『赤の他人のガキを……』
赤の他人――。
事実、私とこの子は血の繋がりも義理の縁戚関係さえも無い、ただパパに言われるがままに保護し保護されてる関係、というだけなのだ。
法律に当て嵌めれば保護する義務などないのだろう、寧ろ保護する権利さえ、あるのかどうか解らない。
子育ての知識も経験も無い私などが保護するよりも、ちゃんとした人間がちゃんとした場所で保護した方がこの子にとって幸せなのではないだろうか――この子を押し付けられた時、最初に思った事だった。
「おねい……さん、むにゃむにゃ」
親指咥えて寝言をのたまうこの愛らしいシルエットに、もう充分な程情が湧いてしまっている。
「見捨てられる筈がない」という免罪符をもって今まで共に生活してきたけれど、そんな言葉は既に「失いたくない」というエゴを隠すだけのものでしかなくなっていた。
そう気付いた今は、何気なく寝返り打つ様さえも愛おしく感じてしまう。
今はもう、私にとってこのあどけない寝顔はなにものにも変え難い、掛け替えの無い存在だ。 だけれども……。
自分のエゴ、この子の幸せ、パパとあの女の事、そして彼の言葉。
それぞれが頭の中で複雑に絡み合っては、眠れない夜を過ごす私だった。