幼い頃に母を亡くして高校卒業までの十数年間、二人ぼっちでずっと一緒に過ごした父からどのくらいぶりになるのだろう、久方ぶりの電話が掛かって来た。
『ちょっと、俺の言う場所まで、行ってきてくれ』
父が私に何か頼むなど珍しい、いやそれ以前に会話を交わす事でさえ昔からあんまりなかったのだけれど。
十数年間、ずっと父と子二人きりで過ごして来たのに、仕事一筋の私の父は家庭も娘も省みないで、極限の放任主義を振りかざしては幼い心を寂しさの淵に追いやっていた。
胸が次第に膨れてくれば、構ってもらえぬ寂しさを拭うよう、倒錯的なセックスに明け暮れるようになった私。 だけどそれでも、父は無関心を貫いていた。
そんな思い入れもあるのかないのか、長く一緒に過ごしてきたにも関わらず、食べ物の好みさえろくに把握出来てないだろうという父からの、私に対するほんのちょっとの拠りかかり。
私にとってまさしくそれは晴天の霹靂と言うもので、それに一体どんな感情を抱けばいいのか、瞬間まるで解らなかった。
「……えっと、とりあえず……そこに行けばいいのね?」
『ああ、鍵はドアの郵便受けにあるから、それで部屋に入ってくれ』
親子なのにたどたどしくて、推し量り多く含まれた会話。
その場所に何故行かなくちゃいけないのかさえ聞き出せなかった私だったが、頼り頼られる事に憧れ羨む心強く、父の言いなりに実に素直に、ちょっとの疑問を押し殺しては目的の場所へと向かう私だった。
「――この部屋……か」
あまり上等とは言えないマンション、または少し上等なアパートと言えばいいのだろうか、階段を昇って手前から二番目の部屋。
父から言われた通りドア下の郵便受けから鍵を取り出し、初めての部屋の中に踏み入れる。
『ギィ……』
真昼間だと言うのに部屋の中は薄暗く、向こう側にうっすらと一筋の光が見当たればカーテンで窓を遮断しているのだと把握する。
パチッと玄関脇のスイッチを押してみたが、特にあかりが点る事なく、ふっと溜息一つついては薄暗いままの部屋へとお邪魔する。
手探りのまま、時折ギシリと言う床音にびくっとしながら、ひとまずカーテン間の一筋の光を目指す事にする私。
短い廊下を抜けて一筋の光がすぐそこまで来れば、「この部屋に一体何があるのだろう」と、さっきまで押し殺していた疑問がいよいよ目前に浮かび上がる。
(ひとまず、カーテンを開けないとしょうがないよね)
廊下を抜けて後数歩、せめて部屋の中を見渡せる光を欲しがった私は再びまっすぐ歩み始める。
すると途端、小股の足にコツンと何かがぶつかった。
座椅子やテーブルではない、肉感的な感触。 私はほんのちょっぴり慣れて来た目でそれをまじまじ見ることにした。
それは小さく丸まりまどろんでいて、微かな寝息を立てていた――。
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